長篠城、奥三河 ~日本100名城 #46
武田氏滅亡の引き金となった城ですね。
奥平信昌以下わずか500の兵で、15,000の軍を率いる武田勝頼の猛攻を耐えきった名城です。鳥居強右衛門の悲話も有名です。近くの設楽原で織田の鉄砲隊により武田騎馬隊が壊滅した「長篠の戦い」は、正しくは「設楽原の戦い」と言うそうです。
長篠城縄張り図
豊川と宇連川に挟まれた断崖上に築かれ、城域は北側に開けています。
本丸虎口
枡形はありませんが、手前は深い堀であり土塁の高さも十分あります。
本丸から見下ろす豊川の断崖は、さすがに深く攻めあがるのは難しそうです。
鳥居強右衛門の磔場所(対岸)ですが、樹木がうっそうと茂り見えません。
本丸から二の丸を見下すと、土塁が相当高いことが分かります。
【感想】
確かに、崖や土塁、堀に囲まれて守りが固そうですが、曲輪の規模は小さく守備兵も少ないので、勝頼が力攻めすれば守り切れなかったろうと感じました。歴史は結果が全てなので、武田の大軍に耐えきった名城に数えられています。
古宮城
新城市作手にある古宮城は武田氏が三河進出の拠点でした。土塁や堀切が当時のまま保存されており、続日本100名城 #150に指定されています。大竪堀を挟んで東城、西城と2つの独立した曲輪に分かれた珍しい縄張りでした。写真下は東城の虎口です。
西城の二重空堀
西城から見下ろした北側の空堀。土塁の先はさらに堀が穿ってあります。
ついでに、大河ドラマ「直虎」ゆかりの井伊谷方面(浜松市)も訪ねました。
徳川四天王の一人、井伊直政を輩出した井伊家の菩提寺です。歴史ある立派な寺院ですが、特に小堀遠州作の庭園が見事でした。
龍潭寺庭園
井伊氏の詰の城。山頂に土塁を回しただけで、緊急時に近郷の家臣が駆けつけるまでの避難場所でしょう。城とはいっても土豪の城はこんなもんです。とても領主クラスの敵が攻めてきたら守り切れませんね。山頂からの展望は抜群でした。
臨済宗大本山で、井伊家一族の開基。大きく立派な寺院で、宿坊もあり精進料理も提供しています。本尊の釈迦如来三像は、もとは佐竹氏の菩提寺(茨城県城里町)にあったもので、徳川光圀が修理したと記されています。
大あんまき(野沢製菓)
方広寺の参道で買った大きな四角いどら焼きのようなお菓子。餡が甘すぎず旨し。
三河は歴史的な見どころが満載ですね。今回は時間の関係で浜名湖や鳳来寺には行けませんでしたが、いずれまた訪れたい地域ですよ。